Flow / ミハイ・チクセントミハイ (2)

Flowの続き:

3章途中。至上の経験(Optimal experience)を得た人の話を聞いて行くと、どんな文化圏の人に聞いても共通の表現が頻繁にでてくるそうだ。一例としては、時間の感覚が変わる。一時間が数分に感じられるし、数分が数時間に感じられる時がある、と言ったものがあげられる。そして、そういう経験は自己の成長を促す原動力となっている。この本では、そういう経験をFlowとよぶわけだけれど、それを得るためには『あるスキルを使ってチャレンジングな行動をすること』が最も有効らしい。アスリートが語る至上の経験などは典型的なそのパターンになるようだ。

面白いな、と思ったのはそういう経験の一例として「読書」をあげていたところ。「スキル」というとどうしてもフィジカルな、あるいは知識量的なものを競う例を考えるけれど、この本が言うには、読書というのは、目的を持ち、集中力を要する活動であり、それはFlowを得やすいパターンに値するようだ。ではスキルは?という疑問がうかぶわけだけれども、スキルと一口に言ってもフィジカルなスキルを指す訳ではないので、読書に必要となる、言葉をイメージにする力、架空のキャラクターを具現化し文脈を自分の中で構築し直す力は立派なスキルと言える、とのこと。確かに納得。松岡正剛も「読書は自分の考えと本に書かれている考えが混じること」と定義していた。そのスタンスをとるならば、単なるシニフィアンの読解力だけでは読書はなりたたない。「広い意味では、記号を扱うことは総じてスキルと呼べるのだ」と本文になる。確かにそうかもしれない。「それは音楽家が音符を音楽にするようなものなのだ」。ふむ、なるほど。

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